2024年9月1日よりNHK BSプレミアム4K/NHK BSにてスタートしたばかりの連続ドラマ『団地のふたり』。主人公は、築60年の団地にそれぞれ暮らす幼馴染のノエチと奈津子。小泉今日子さんと小林聡美さんの名コンビによる、タイトル通り団地を舞台にしたユーモラスな友情の物語です。
ドラマティックな出来事は起こらないけれど、今日も明日も二人は一緒。気心の知れた女友だちの気ままな暮らしを愛情たっぷりに描いたこの物語の原作者は、芥川賞作家の藤野千夜(ちや)さん。作品が生まれた経緯や原作者としてのドラマへの想い、ノエチと奈津子のように力を抜いて幸せに暮らす藤野さんの日々のこと、はたまた団地愛の話にいたるまで、danchi dining読者に向けてお話しいただきました。
目次
「ドラマを観るまでは死ねないなという気持ちでした(笑)」
原作となる『団地のふたり』は電子書籍と単行本が2022年3月に、文庫本が2024年7月に出版されました。まずは、ドラマ化のお話をいただいたときの率直なお気持ちをお聞かせいただけますでしょうか。
30年近く小説を書いているなかで舞台や映画化などはあったのですが、実はドラマ化は初めてだったんです。小泉今日子さんと小林聡美さんのステキな二人が演じてくださるのも本当にとっても嬉しくて。お話をいただいたのは1年ほど前なんですが、「ドラマを観るまで死ねないな」という気持ちでいました(笑)
主演のお二人や制作チームとは事前にコミュニケーションを取りましたか?
監督とプロデューサー、主演のお二人にはご挨拶をさせていただきました。二人が実際に団地でロケをされていたときに「なっちゃんとノエチみたいな人を見かけた」というお話も聞いて、それもすごく嬉しかったですね。
作品の主人公の二人は保育園からの友だちで、50代、独身。生まれ育った団地に戻ってきました。そんなストーリーが生まれた経緯を教えてください。
年齢を重ねた女性同士の友情みたいなものをテーマにして作品にしてもらえないか、という依頼があったことがまず一つですね。
そしてちょうどお話をいただいた頃、友だちの飼っているワンコ(藤野さんの公式HPにて、案内役「まーくん」として登場)が病院通いをしていて。その病院のそばに、すごくいい雰囲気の団地があったんですね。古いけれどゆったりしていて、「なんだか団地っていいよね」という話をしていたんです。
なるほど。ドラマも楽しみですが、単行本と文庫本のイラストもまた、二人の雰囲気が伝わってきて個人的に大好きです。
イラストレーター北澤平祐さんによるイラスト。(左)単行本版(右)文庫版
単行本の表紙の少し後が文庫本という設定だそうです。よく見ると洗い物をした様子があったり、食べ物が変わっていたりもするんです。北澤さんとは10年ぐらい前からご一緒していて、今回も雰囲気がぴったりなものを描いてくださいました。
北澤さんはイラストレーターのなっちゃんを演じる小林さんの絵の指導にも行ってくれたそうです。子ども時代のなっちゃんとノエチ、さらに作品に登場するもう一人の友だちの3人の絵を描いたものを見せてもらったのですが、もう泣きそうなほど良かったです。
友だちとなら、きっと生きていける
この作品を読んでいると心が温かくなって、なんだか力が抜けるといいますか、湯船に浸かったときのようなポカポカした感覚になりました。
ありがとうございます。ちょっとぬるま湯のような感じですよね。色々と削ぎ落としていって「何があったら生きていけるかな?」と考えたとき、(なっちゃんとノエチの二人のような)こんな暮らしならきっと大丈夫だな、というところを描いたつもりです。
二人はお互いにいいところも悪いところもわかりきっています。そんな唯一無二の関係性の安心感もありますよね。
そうですね。まさに私自身もそうで、ゆるく長く付き合っている友人関係がベースにあります。今も色々と仕事を手伝ってもらっていて。実はこのZoomの取材中も隣にいてくれているんです。
なっちゃんとノエチみたいなお二人ですね!
彼女の家からここまで自転車で13分くらいなんです。もしクーラーが壊れたら、どっちかの家に行けばいいんじゃない?なんて話し合ったりしています(笑)
実は藤野さんも、現在団地暮らし!
個人的な団地の思い出もありますか?
私自身、3歳から8〜9歳くらいまで団地に住んでいた時期もあって。別の取材でその団地を見に行くことがあったんですが、すごくキレイに壁が塗り直しされていて当時のまま残っていたので、ここに戻って住むのもアリかなってちょっと思ったりもしたんです。この作品を書き終えてからいろいろと物件を探しまして、実は今は別の団地に住んでいるんです。
団地に住んでいらっしゃるんですね!
団地愛が燃えちゃって(笑)。ここに引っ越してから自分の名刺にも団地のモチーフを使っているんですが若い人の食いつきが良くて、よく「エモいですね」と言ってくださいます。みんな団地住まいに興味がすごくあるみたいです。
藤野さんが住む団地の一室。光がたっぷりと入り込む明るいお部屋です。
団地の空気感は独特ですよね。『戸建のふたり』でも『タワマンのふたり』でもこの作品はやはり成り立たなかったと感じます。実際に団地に暮らしてみて、改めていいなと思うところはありますか?
二つ隣に年配の女性が住んでいらっしゃるんですけど、引っ越したときにクッキーをお渡ししたらお花を届けてくださったり、隣の外国人の人がチョコをくれたりして。そんなやりとりがなんだかすごく嬉しかったですね。
ステキですね!少し余談なのですが、私の知り合いの女性は「将来一人になったら団地に住みたい」と話していました。
それはいいと思います、とっても。親の介護で実家に行くんですが、同じ家だと大変なこともあるけど、同じ団地内の別の部屋に住んでいたら毎日面倒見れるのになぁ…家族も(団地に)住んでいたら楽なのになぁ…と思うこともありますね。
あと、先日何かの番組で観たんですが、一軒家を売って別々に団地に部屋を持ち、同じ敷地内で離れて暮らしているという年配のご夫婦がいました。それは一番心が楽なのかもって思いましたね。
新しい暮らし方ですよね。
本当に。団地の中に公園やテニスコートがあったり、環境的にもなんでも揃っているところもありますし、便利ですよね。
無理はしない、がテーマの一つ
主人公の二人も藤野さんも、焦ることなくどこかゆったりとしている印象がありますよね。
今回の作品のキーワードの一つは、「無理はしない」ということなんです。
それは多くの人が共感する言葉だと思います。息苦しさを感じている人に、「ちょっと団地に来てみたら?」って言いたくなりますね(笑)
そうですね。今住んでいる団地では、エレベーターの前に「自分はもう手放すけれど、まだ使えそうなもの」を置く場所があるんです。すぐに誰かが引き取ってくれていて、エレベーターで上がって下に降りたらもうなくなっていることも。即リサイクルです(笑)。これはすごくいいシステムだなぁと感じています。
一人でも楽しい。でも、友だちがいたらもっと楽しい
大切に思える人がいて、身の丈に合った暮らしをする。そんな何気ない日々の中に幸せがあるのかなと作品から感じました。藤野さんの考える「幸せ」とは?
嫌なことが起こらない方がいいなと思って生きているんです。でも、すごく良いことが起こってほしいとはそんなに思っていないタイプなんです。
一人でもある程度楽しいんですけど、そこに仲のいい友だちがいた日にはもう楽しくてしょうがないなと思いますね。
なるほど。お部屋のこだわりはありますか?
中学生の頃に漫研に入っていたんですが、部室が大好きだったんです。今の部屋にも好きなものをギュッと凝縮させたらオタク部屋みたいになっちゃって(笑)
(左)好きな漫画が所狭しと並ぶ部屋(右)ダイニング周りも明るく快適
大好きなものに囲まれるって大切ですよね。
部屋を見回して、つい一人でニコニコしちゃうんですよ(笑)。団地暮らし、満喫してます。
現在、月刊「ランティエ」(角川春樹事務所)にて、団地の商業棟を食べ歩きするおばあちゃんと孫のお話『団地メシ!』を連載しています。執筆中の続編『また団地のふたり』にもその経験をふんだんに盛り込んでいますので、ぜひお楽しみにしてください。
団地ならではのゆるやかなコミュニティや、背伸びをしない暮らし。作品の中だけでなく藤野さんの実生活にも、無理をしない心地よさを感じられたように感じます。
藤野さんの描く『団地のふたり』の温かな世界観、本やドラマでぜひお楽しみください!
PROFILE
藤野千夜
1962年福岡県生まれ。95年「午後の時間割」で第14回海燕新人文学賞、98年『おしゃべり怪談』で第20回野間文芸新人賞、2000年『夏の約束』で第122回芥川賞を受賞。家族をテーマにした『じい散歩』『じい散歩 妻の反乱』は累計20万部超のヒット。その他の著書に『ルート225』『D菩薩峠漫研夏合宿』『編集ども集まれ!』などがある。
▶プレミアムドラマ『団地のふたり』
NHK BSプレミアム 4K/NHK BS 毎週日曜 夜10時~10時49分
【原作】藤野千夜 【脚本】吉田紀子 【音楽】澤田かおり 【出演】小泉今日子 小林聡美 / 丘みつ子 由紀さおり 名取裕子 杉本哲太 塚本高史 ベンガル / 橋爪功